あらゆるマネージャーの最優先課題は、部下のしあわせと成功だ。
毎晩眠りにつく前に、自分のために働いてくれている8000人のことを考えろ。
シリコンバレーの伝説のコーチ「ビル・キャンベル」の伝記とも言える『1兆ドルコーチ』。この本を読んでもっとも印象に残ったのが、ビルのこのセリフです。
もちろん、この本の中にはコーチングのテクニックとして使えることがたくさん書かれています。例えば、どうすれば最高のチームがつくれるか?効果的な1on1の方法は?などなど。
でも、全編を通して溢れているのは、人に対する愛情です。ビルの言葉を借りるなら「ビジネスに愛を持ち込め」。
インテリジェンスで合理的な姿勢よりも、一人ひとりに名前を呼びかけハグしてまわり、手を叩いて声援を送り、両手でガッツポーズして大騒ぎする。
そんなちょっと子どもじみた行動が人の気持ちを動かすのだと感じた本でした。
こういう行動は、実はわたしははちょっと苦手なんです。多くの日本人はそうだと思うんですけどちょっと恥ずかしいですよね。
特にビジネスの場では、上司としてスマートでシュッとしてあまり感情に左右されない姿勢でいたいもの。
でもビルはとても感情的。おまけに口が悪い。
「しくじるんじゃねぇぞ!!」
「この方針でいくぞ。くだらん議論はおしまいだ!」
そんなとても人間味あふれるところが、GoogleやAppleのリーダーたちに愛される所以なのかもしれません。
ビルのマネはできなくても、もっと会社のメンバーに敬意をもって接し、温かい言葉をかけることは、わたしでもできるんじゃないかと思わせてくれる本でした。
会社が成功するため最も重要なのは、人とチーム
『1兆ドルコーチ』でもうひとつ繰り返し述べられていることは、会社にとって人とチームがどれだけ重要かということです。
どんな会社の成功を支えるのも、人だ。マネージャーのいちばん大事な仕事は、部下が仕事で実力を発揮し、成長し、発展できるように手を貸すことだ。
企業が成功するためには、コミュニティとして機能するチームが欠かせない。個人的な利益よりもチームの利益を優先させ、会社にとってよいことや正しいことを徹底的に追求するチームだ。
そしてこれを実現するためには、「ときどきやってくる外部のコーチ」じゃなく、「日々一緒にいるマネージャー」の役割がもっとも重要だと述べています。
つまり「プロコーチ」ではなく、一緒に仕事をする「上司」なんです。
ビル自体がいろんな会社でコーチングをやっていたので、ちょっと矛盾するようにも聞こえますが、彼は特別。
用もないのに頻繁に会社に出入りをして、いろんな人たちと話をする。彼らの家族を気にかける。
実際にビルの葬儀では何百人もの人たちがビルのことを「親友」と感じ、「なにかあったら真っ先に力を貸してくれた」と言っています。
わたしにはそこまでできなくても、少なくても「一緒に会社で働くメンバー」のことは気にかけられると思うのです。
そして、外部のプロコーチではなく、普段から一緒にいるマネージャーこそが一番チームにとって大切だというビルの言葉は、特別な訓練を積んでいないわたしでも、メンバーを勇気づけることをができるのだという自信を与えてくれました。
愛情をもって厳しく接する
厳しく接する、というのがわたしはとても苦手です。
権力のある人が、怒ったり怒鳴ったりすると、言われた方は萎縮して建設的な議論ができなくなり、離れていくのではないかと思っています。
でもビルは、厳しいことを率直に指摘します。
ただし、怒っているのではないのです。親身になりつつ厳しく挑戦を促すという姿勢。
人は生まれつき失敗を恐れ、リスクを怖がるようにできている。だからマネージャーはためらいを乗り越えるよう、部下の背中を押してやらなくてはならない。君ならできると信じ、本人が自信を持てなくても、自分に課した制約を超えろと、いつも促した。
ビルは私たちが自分で設定するよりも高いところにバーを設けた。そういう姿勢で接してくれたからこそ、私たちはそれに応えようと努力できたのだ。
君たちは偉大な存在になる、自分の思っているよりははるかに偉大になれると。
このように、物語を語り、自力で最適解にたどりつけるように導くのがコーチの姿勢なのだと改めて感じました。
一方で、人前でいいことをほめることもとてもしていました。それこそ、手を叩いて声援を送り、両手でガッツポーズして大騒ぎするように。
コーチャブルな人にだけ、コーチングする
もうひとつ印象的なエピソードは、「コーチャブルな人」にだけコーチングをした、ということです。
コーチャブルとは、正直さ・謙虚さ・あきらめず努力を厭わない姿勢・つねに学ぼうとする意欲を持っている状態と書かれています。
つまりビルは万人にコーチをしていたわけではなく、相手を選んでいた。ということ。
会社のマネージャーとして接するとき、多くの人は全員に平等に接しようと努力するのではないでしょうか。この人にはコーチングするけど、別の人にはしない、というのはえこひいきだと受け取られてしまいそうです。
ただ、わたし自身はこのエピソードを聞いて少し気が楽になりました。
実際に仕事の中で、「コーチャブルでない状態の人」はどの会社にもいると思います。相手にその気がないのに、コーチングはできないですし、やってもうまくいかない。
ビルはそれをわかっているからこそ、限られた時間を「コーチャブルな人」のために使い、より深く人と接していたのだと思います。
ただ、日本の多くのマネージャーが接するのは、Googleの幹部やAmazonのリーダーのような飛び抜けた逸材ではなありません。仕事をめんどくさいと感じ、生活のために仕方なく仕事をしているような人もたくさんいますよね。
だからマネージャーとしては、チームや組織のメンバーをいかに「コーチャブルな状態」にもっていき、信頼関係をつくっていくかが前提としてとても大切なのだと思いました。(もちろんそういうチームビルディングの方法も書かれていますよ)
『1兆ドルコーチ』のビルの教えは日本の中小企業に使えるか
結論から言うと、わたしはこの本を読んでとてもよかったですし、日本の中小企業でも十分活かすことができる内容が詰まった本だと思いました。
テクニカルなことは、組織づくりやチームビルディングの本に書かれているようなこともたくさんありますが、ビルのやり方は現場の実践やエピソードが詰まっていて、とても刺激になります。
そしてなにより、人やチームを大切にするということがどれだけ重要なことなのかを、改めて感じられてた本でした。
わたしがビルのようになれるとは思いませんが、「ビルならどうするだろう」と考え、彼のスピリットを、少しでもわたしの会社のために活かしていきたいと思います。
最後に、ビルの愛情を感じられる一文を紹介させてください。
ビルは職場に愛を持ち込んでいいのだと教えた。彼は愛情や思いやり、気遣い、やさしさの文化を作り上げた。仕事以外の生活を持つ、まるごとの存在として人々を心から気にかけ、熱狂的な応援団長になり、コミュニティをつくり、できるかぎり人の頼みを聞き入れ、力を貸し、創業者や起業家のために心の中の特別な場所をあけておくことによって、その文化を生み出した。
偉大なチームを偉大たらしめているものの一つは、愛である。